鶴学園八千代校舎
「カンパネルラの館(いえ)」の設計にあたって
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●情操教育の新しい場として
「カンパネルラの館」は,広島市内から車で約1時間の距離にある高田郡八千代町の土師ダムに面した施設で,学園各校が広く人間教育に活用するほか,学園外の利用にも供するものです。私がこの施設の設計についての依頼を受けたのは一昨年の秋でした。
恵まれた自然環境を活かした情操教育の場としてふさわしい施設をという主旨で,一般的な授業とは違い,既存の陶芸教室棟,工作室棟などと併せてフィールド活動のようなスタイルで授業を行う方針とのことでした。
この時点で学園から提示された主なオーダーは,施設が3つの教室と事務室で構成されること,木造であることの2点。木造で出来ないかというお話しがあったのは,コスト面だけではなく,暖かさを感じる空間を,また,施工を地元の業者にお願いすることで,たとえわずかでも建設費を地元に還元したい,というのが大きな理由でした。地元で供給できる木材を使って,地元の製材所に施工していただく。地元との関係を大切に考えたいという学園の意向に沿いながら,その中でどのような新しい風景が生み出せるのか。そこを検討していきました。 |
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●水面の眺望を楽しめる屋上に
土師ダムに面しているという立地環境の魅力を考えると,「水面への眺望をどう取り入れるか」という点がまず課題になりました。
ただ実際に敷地を調べてみると,湖に面しているのに,地盤面が少しだけ低いため,水面が見えないという問題のあることが分かったのです。
そこで考えたのが,テラス風の屋上を積極的にプランに取り入れることでした。地面から3〜3.5mの高さの屋上からなら,水面が望めるし,何よりも,この施設は,詰め込み式の教育が目的なのではないだけに,例えば気候の良い日は青空の下でのびのびと寝転がれるような屋上にしてもいいのではないかと考え,湖の方向に1/15の傾斜をつけるなどの工夫を盛り込みました。まさに,360度を自然に囲まれた青空教室といった趣,手すりの部分も緩やかで自然なカーブを描くように配慮しています。 |
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●在来工法で大空間をどう創るか。
そして私が設計プランを練る上で最大のテーマとなったのは,在来工法でありながらも,閉塞感をなくし,鉄骨にも負けない大空間を創出すること。というのも,法規では一般的な木造は,一定以上の壁量を確保するのが原則。そのため,梁や筋かいがたくさん入ってしまい,空間がどうしても閉塞的になる。
あれこれと検討を重ねた結果,まず湖側へ延びる視界と平行に配置される壁には一般的な筋かいを入れ,大壁として壁量を確保しながら,逆に開放方向では,なるべく壁をつくらないように,筋かいに細身の鉄筋を使用。しかも,この面には光を通せるようにポリカーボネート中空複層パネルを張ることにしました。
これにより,西側と東側の開口部はそれぞれ全面ガラス張りと透明なポリカーボネートで仕上げることが可能に。木造でも,光と風が通り抜けるような開放感あふれる空間を実現できました。
ただ,優れた採光性ゆえに,問題となったのが西日が差し込むのをどう防ぐかという点。
これは軒を深く設けることで解決しました。軒を付けることは,施設そのものの耐久性を向上させる意味でも効果的でした。
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●ホールと一体化する教室
内部空間の設計では,単に3つの教室を片廊下式に並べるのではなく,例えばエントランスからホールのように,ひとつにつながった空間づくりを目指しました。この施設を訪れ,利用する教員や学生がよりコミュニケーションやふれあいを深められるように自由な場にしたいと考えたからです。
そのため教室1と2の間仕切りに引き戸を採用し,戸を開ければ,中央のホールとふたつの教室とが一体となるように工夫。廊下もなく,またホールと教室の段差もなくしています。
また小グループでの合宿利用も考えられるため,離れにトイレとシャワールームも備えつけました。(水回りの離れと3つの教室のある母屋は渡り廊下で連結)。教室の床すべての素地材にひのきを使ったのも,寝袋1枚で心地良く眠れるような床の柔らかさや暖かさにこだわったからです。
このほか,平屋の教室と屋上のテラスをつなぐ階段室をガラス張りにしたこと。これは階段室に屋上テラスヘの昇降といった役割だけでなく,部屋の中に光を入れるトップライトの機能をプラスすることをねらったためです。さらに,テラスとそこへ上がるための塔が対岸からシンボリックに見えるようにデザインにも留意しました。
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●設計者として思うこと
さて,このように試行錯誤を続けながら,プランニングを進めていった訳ですが,設計が最終的に固まったのは昨年の3月。カンパネルラの館は今年2月についに竣工を迎えました。
ひとつの仕事を成し遂げた充実感については語るまでもありませんが,大学教育の一端に携わる身として何より嬉しかったのは,施設設計の初期段階で,ゼミ研究の一環として学生たちにも,参加してもらったことです。「自分ならこうデザインする」というアイデアを図面やモデルで提案してもらい,皆で検討するといったことでしたが,学生たちにとっては,図面上や机上の設計デザインではなく,現実の建築を考えてみる良いきっかけになったのではないかと思っています。工事現場にも訪れていました。
最後に設計者として,この施設を利用する皆さんにメッセージをひとつ。建築物とは,設計して施工しただけではまだ未完成です。それを使う皆さん自身の工夫が加わってこそ,本物の建築物になる。どうか,設計した私の予想をいい意味で裏切ってくれるような素晴らしい使い方をしていただきたいものです。(談)
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■著者の主な受賞
1990年「中山の家」で吉岡賞受賞・「坂町のアトリエ」でJIA新人賞受賞/1994年「阿品の家をはじめとする一連の住宅」で日本建築学会賞(作品)受賞/1997年「庵治町役場」で芸術選奨文部大臣新人賞(美術部門),2000年公共建築賞優秀賞受賞 |
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