OBだより (第34回) 2002.11.24

(たに・じゅんいちろう)
谷 純一郎 さん

株式会社SRA西日本広島支社戦略企画室 勤務
(昭和59年(1984年)電子工学科 卒業)
谷 純一郎さん

【道】
SRAと言えば、ソフトウェアの老舗、技術のSRAである。その西日本エリア・広島支社の一員である。

工大卒業後、家電卸売業で約2年間営業マンとして働いた。その後、大学卒業研究と同じソフトウェアという世界に飛び込んだ。

電子工学科卒業から営業マンへ、そして、ソフトウェアの道へ。当時のソフトウェア業界は、大型機、汎用機が主流の時代。私のようなUNIX系の人間は広島では極少だった。最初は3名のチームで、何でもやった。どんなものでも作ってみせた。

20代での転職や新しいことへの挑戦は、たとえ失敗が多くても、必ず次への糧になり得るのだと、今は実感している。


【風】
SRA西日本・広島支社は、工大出身者が多い。いつの間にか、10名を超えるまでになった。

社風という言葉があるが、工大卒業生が我が社の社風の主流のひとつであることは確かである。難題に対する取り組み姿勢や解決方法の導き方などで工大出身者は、群を抜いているのだ。

これは、校風が社風へと流れ込んでいるといっても過言ではないと思う。


【挑】
現在の私は、4月から戦略企画室という新設の部署を担当することになり、まさに難題・難関の日々である。

会社としては、100名を超えたばかり、ましてや広島支社では、その半分の約50名の規模である。企画の部署を設けるには、それなりの覚悟が必要であった。

過去十数年間の間、プログラムを組むことからシステム構築、ネットワーク環境構築、IT化コンサルティングと、一通りは、井戸の中を一周したつもりだ。そして、これからは、外に出て行かなければならない。画面に向かっていた時間を、人と話し、悩みの解消や、夢の手伝いに変えていかなければならない。

ソフトウェア開発にとどまらず、ユーザが得ようとする価値をSRA西日本の価値として、取り組んでいくことがもっとも重要なポイントである。

価値あるユーザ・シーンの想定、シーン創出のための仕組みを企画、成功のための構築プロジェクトの立案、ユーザ運用のための効率的アイデアの提示。これらのOUTPUTが出せなければ、話にはならない。そして、成功のための公式は用意されていない。誰かに教えを請う時間などありはしない。それどころか、今の情報化社会における変革は、日々のレベルである。

しかし、私には大学時代を基礎とした、姿勢と経験とが、前向きな自信になってくれている。

【想】
私は今でも、幸運だったと思えることがある。それは、重広ゼミの第1期生だということ。もちろん先輩方もおられるのだが、重広先生単独の初卒業生として、何となくではあるが、嬉しい想い出なのである。

今も、会社の戦略企画室の設立から携わることになり、自分自身ワクワクしているところだ。この気持ちを大切に進もう、年齢に関係なく、過去の仕事の年輪におごることなく、挑戦し続けようと思う。



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